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『シャイニング』における恐怖表現の特徴

スタンリー・キューブリック版とスティーヴン・キング監修版を比較して
17Z1-006 池西 璃生
 ホラー映像作品における「恐怖表現」の違いを、同名の二つの『シャイニング』という作品に焦点を当て、これらを比較することで研究した。二つの作品、つまりキューブリック版とキング版の細かい違いや二人の作者の思想を調べることで、映像作品の知られざる面白さや仕掛けを解明し、ホラー作品として 「恐怖」の重点をどこに置いたのかを追求した。
映像ポップカルチャー心理
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『シャイニング』という物語について

 『シャイニング』は、冬の間、完全閉鎖されるオーバールックホテルの管理人になったジャックとその妻ウェンディ、そして「シャイニング」と呼ばれる超能力を持つ息子ダニーに降りかかる悲劇を描いたホラー作品である。1980 年、殺人鬼が若者を襲うというスラッシャー映画が多く制作され人気を呼んだ中、キューブリックは『シャイニング』を発表した。この作品では恐怖対象が殺人鬼ではなく、身近な人間の狂気が描かれている。
 このようなホラー映画として現在も名を轟かせている『シャイニング』。この名を聞いて大抵の人は『シャイニング』に出てくる、狂気に満ちたジャック・ニコルソンの顔[※1]を連想するだろう。しかし『シャイニング』はもう一つある。
 それは 1997 年にテレビドラマとして放送された、原作者スティーヴン・キングが直々に監修を務めた作品である。小説の重要な部分を大幅に削ったキューブリックの映画版に納得のいかなかったキングは、自身の『シャイニング』を取り戻すべく、ドラマ版を制作した。公開当初、特に小説ファンからは大きく期待されたドラマ版だったが、現在の知名度から 『シャイニング』として世に出ているものはキング版ではないことは明らかである。
ただし今でこそ、キューブリック版『シャイニング』の方が高い評価を得ているが、公開当初、多くの評論家たちは、キューブリックの初のホラー作品に好意的ではなかった。というのも、キューブリック版『シャイニング』には、「観客を怯えさせもしなければ、怖がらせもしない」といったホラー作品において最も致命的な点があると言われていたのだ。
それが何故、現在ではホラー映画として名を轟かすほどに再評価されたのか、そして原作者キングは何を伝えたかったのか、『シャイニング』の恐怖表現を分析することでホラー映像作品の知られざる面白さを解明する。

※1 ジャック・ニコルソン(Jack Nicholson)ジャック・トランス役
アメリカの俳優、映画監督。
アルコール依存症を患っている小説家志望の父親役として出演。
破れたドアの隙間から顔を覗かせるシーン

[画像データの引用元]

・https://eiga.com/movie/14352/
・https://www.amazon.com/Unknown-The-Shining-Ballroom-Photo/dp/B013VXW9WY/ref=sr_1_3?keywords=shining+photo&qid=1556391589&s=gateway&sr=8-3

キューブリックとキング 〜その価値観と映画観〜

 キューブリック版『シャイニング』についてキング[※2]は、二つの基本的な問題点があると言う。一つはキューブリック[※3]がとても冷めた男だということ。つまり、合理的な人間で超自然的な世界を信じていないということだ。実際にキューブリックはこの作品の中で、「超自然的な論点」を避けている傾向がある。ホテルの邪悪なもの(呪われた魂)の出現に関しても、心理的な事柄のほうへと意図的に観客を誘導している。そして二つ目がキャスティングとキャラクター作りである。キューブリック版で父親役を務めた俳優ジャック・ニコルソンは、優れた俳優であることは間違いないが、彼の「狂気じみた薄笑い」などの表情によって、最初から彼の頭がイかれていると観客は思ってしまう。キングの小説に出てくる父親ジャックはオーバールックホテルの「邪性」に感化されて、「しだいに狂気にかられる」のである。初めから狂っているならば、邪悪なホテルに影響された「精神的崩壊の悲劇」など起こらないということになるのである。実際に『シャイニング』のジャックという主人公について、後にキューブリックは「ジャックは、殺人の行為をする用意が心理的にできた状態でホテルにやって来る」と答えている。
 物語の決定的な違いはラストにある。物語に「暖かさ」を求めているキング版では、ジャックが愛する家族のために、自らを犠牲にし屋敷を爆発させて終わる。一方でキューブリック版でのジャックは生垣の巨大迷路から出られずに凍死する。もともと小説の結末では平凡であまり面白くないと思っていたキューブリックは、観客が予想しそうもないような結末を求めたのだ。映画のラストは、ホテルの大広間をゆっくりとズームインし、ジャックが中央に写っている舞踏会の記念写真[※4]を映し出して終わる。この画面は、1921 年のアメリカ独立記念日のパーティーの写真に存在しないはずのジャックが写り込んでいるということで様々な解釈を生ませ、 より観客を引き込ませたエンディングになった。

※2 スティーヴン・キング(Stephen
King)アメリカのモダン・ホラー小説家。1947年アメリカのメイン州ポートランドで生まれ、1974年に『キャリー』でメジャーデビュー。そこからモダンホラー作家として一躍有名になり、作品は世界各国で翻訳され読まれている。

※3 スタンリー・キューブリック(Staley Kubrick)アメリカの映画監督。
1953年『恐怖と欲望』で本格的に映画監督としてデビュー。商業性が重視されるハリウッドの映画監督でありながら、多様なジャンルで芸術性の高い革新的な映画を作った。

※4 “展望ホテル 1921年7月4日 舞踏会”の写真

恐怖表現と構造

 ホラー映像作品には、幽霊や怪物のような通常の人間では対処困難な不可解な存在を対象にするものもあれば、主に人間の狂気などを描いたものなどがある。おそらくキングのドラマは前者であり、キューブリックの映画は後者だったに違いない。キューブリックの『シャイニング』は、ジャックの過去(AA[※5]に通っていたこと)やウェンディとの関係、家族背景などが消されてしまっているため、最初からジャックの人間性が欠けているように見られる。徐々に狂っていくキング版と比べて観客側が彼に共感や感情移入することは難しく、彼もホテルの狂気に晒された被害者とは受け取りにくいだろう。つまりこの作品で描かれているのは「彼が受ける“心理的恐怖”」ではない。彼自体が「恐怖の対象」なのである。
 恐怖描写において、キング版は“非現実的な恐怖対象”が明確に描かれてしまっているため、ファンタジーに近いものになってしまったと考えられる。恐怖描写を比較してみても、キング版はキューブリック版に比べ、恐怖の描写が少し稚拙であるように思われる。その理由として考えられるのは、キング版には“リアリティ”といったものが欠けているからだ。
 恐怖表現の特徴として、キング版では一般的なホラー表現(緊張⇒緩和⇒衝撃)[※6]が多く使われており、効果音や映像で驚かしてくる演出をとっている。登場人物が体験していることに対し、見ている側も共に緊張感を走らせ、最後に安心したところで一気に恐怖へと叩きつけるといった構成である。しかしキューブリック版では二つの技法(クロスカット[※7]とフラッシュバック[※8])が活用され、同じシーンでも恐怖表現は全く違う。さらにそれらの映像を重ねて流すことで、斬新な映像表現で観客に圧迫感や混乱を与えるとともに、物語の中で様々な解釈を生ませている。こうした手法がまさに、キューブリックの言う“典型的なホラー表現の排除”だったのだ。

※5 AA
アルコホーリクス・アノニマス
飲酒問題を解決したいと願う相互援助(自助グループ)の集まり。

※6 緊張⇒緩和⇒衝撃

例)217 号室浴室にて、ダニーが裸の老婆から逃げているシーン。

緊張: 1 ダニーが老婆に追いかけられるが部屋のドアがなかなか開かない
緩和: 2 ドアが開き部屋から脱出し安堵する
衝撃: 3 その瞬間後ろから引き込まれる

※7 クロスカット
同じ時間帯に起きている異なる二つ以上の画面の出来事を交互に繋ぐ技法。

※8 フラッシュバック
物語の進行中に過去の出来事を挿入する技法。

池西 璃生

好きな授業
「企画表現演習」では多くのことを身につけました。企画を作るにあたって調査や分析を基に企画案を何度も練り直して、ようやくできた企画をどう表現するか、などなど…。大変だからこそ、終わった後の達成感は他の授業では味わえないものになったと思います。

学部を振り返って
全ての授業で当てはまることは、やはり「ものづくりの楽しさ」です。企画制作や動画制作、クラフトなど、様々なことをしてきましたが、作ることの楽しさというのは共通してありました。

学部で身につけた力
様々なデザイン知識です。私はグラフィックデザインが専攻でしたが、それ以外にも、サウンドデザインやソーシャルデザインなど、様々な知識をたくさん身につけることができました。楽しかったです。